2014年05月24日

Prayuth's Decision

Prayuths Decision
みなさんこんにちは。まさかこの年になって、毎日くる新聞が楽しみになるとは思わなかったみむです。

さて今日は、プラユット総司令官が決断したクーデターの背景、戒厳令からクーデターまで何があったのか、そして現在は何が起きているのかを解説します。
とはいえ、タイ語が読めるわけでもなく、タイ語を聞き取れるというわけでもありませんので、国内に入ってきた情報を後釜でお伝えできるだけになってしまいます。多少新鮮感は薄れると思いますが、ご了承くださいませ。

【戒厳令】
5月20日に出た戒厳令は、タイの国家平和秩序維持評議会が発令した物です。中でもとりわけ陸軍の声が強いことは言っておきましょう。タイという国では、約30万5千の兵力のうち、約19万人が陸軍兵士です。ということはタイ王国軍全体の総司令官は歴代陸軍人が務めてきました。評議会の委員長は、ご存知の通りプラユット・チャンオチャーその人が務めています。

評議会は、このまま半年以上続いてきたデモが激化し、対立が続けば国民に更なる犠牲者が出ると考え、戒厳令を発令。
恐らくこの時、16日ごろに反政府デモを率いていたステープ元副首相が「19日から最後の戦いを始める」と発言していたことも評議会の心理には作用しているのだと思います。
ステープ元副首相は、通称PDRC、人民民主改革委員会という民主党の過激派組織を率いている超タカ派の人物です。その過激派人物が「最終決戦」を宣言したとあれば、制止にかかるのは当然の決断だったと思います。

さて、戒厳令2日目の22日、評議会は、「反タクシン派」「親タクシン派」両派の幹部を呼び出しました。話し合いの場を設けるためです。両派が暴力的にぶつかるのではなく、お互いに会議の席で話し合いをするという場を設けたのは国家の軍隊として素晴らしいことだと思います。
呼びつけられたのは両派合計7組織。親タクシン派では反独裁民主戦線(赤シャツ隊)等、反タクシン派ではPDRC等だと思います。

ところが

両派は一歩も譲りません。
親タクシン派は再選挙の実施、反タクシン派はタクシノクラシーの完全排除、タクシン派官僚の完全排除を叫んで一歩も引きませんでした。
午後4時半ごろ、協議が停滞。一向に結論が出ず、「決裂である」と判断した評議会はクーデターを起こしました。

【クーデター後】
クーデターのあった22日より、軍は王制条項以外の憲法を停止。国の全権を掌握しました。テレビ局・ラジオ局は占領され、普段の番組一切が放送中止となりました。バンコク駐在員の知り合いから届いた画像だと、
Prayuths Decision
全チャンネルでこの画像が映し出され、BGMに音楽が流れているだけ、という画面だそうです。画面上のマークは、左から王国軍本部、陸軍、海軍、空軍、国家警察のエンブレムです。

10分に1度、
Prayuths Decision
このような画面になり、陸軍士官がクーデターの宣言をするというシーンがうつされるそうです。

24日現在、一部の放送局で一部の番組が再開されているようです。

さて、クーデターの宣言があった時間と両派協議があった時間帯が一部かぶるということ、ニュースを見ていて気付いた方もいると思います。協議に出席していた反政府派の幹部が拘束されました。もちろんそちら側だけではありません。同日、親タクシン派、タクシンの家族官僚、インラック元首相、インラックの家族官僚(俗にいう違憲人事で選ばれた身内)や、反タクシン派のその他幹部等、約150名に出頭命令が発令。
集合した約100名は事実上軍施設で拘束されているようです。
そのことについてプラユット総司令官は、海外に対して
「クーデターは、平和と秩序の回復をするにあたって必要な決断だった。今回両派幹部を拘束したのは、自らがしたことを顧みて、自省を促すためだ」と説明しています。

また、バンコク駐在員の知り合いいわく、「そろそろ国王陛下の仲裁が入るのだが、容体があまりよくないと噂されている。今日(24日)あたり、プラユットがフアヒンにいる国王へ謁見にいくだろう」とのことです。
これは、事後承諾を得ることで、クーデターを正当化する狙いもあるだろうと国内メディアは言っております。

・・・が、本当にそうなのでしょうか。

プラユット総司令官は、女王の親衛隊である第21歩兵連隊出身であることもあり、忠実な王党派です。タイ王国のTV番組に出演した際、大学教授の王制に批判的な発言に対し、「王制が嫌ならタイから出ていけ」と叱責したことでも知られています。
そんなプラユット氏は、国王の国民を一番に考えるというご心理をくみ取ったのではないだろうか?ご高齢なプーミポンアドゥラヤデート国王のお体を考え、混乱が続く国をこのままにしておけんと、評議会に訴えたのではないだろうか?

と、国内メディアの発表したニュースの断片的な知識を組み立てて、稚拙な想像をしてみた次第であります。
国王は、タイ王国になくてはならない象徴です。国民に愛される国王と、守るべき国民のことを考えての決断だったのではないだろうか、と思うのであります。


現在の国内メディアは、「クーデター、独裁、軍事政権」ということに特別な恐れを抱いているのでしょう。デリケートな話題ですので、それも仕方ない。ただ、軍の主張やタイ王国国民の意見を一切書かずに「大変遺憾」「残念である」「早期民政移行を」などと書き連ねるのはどうかと思います。


あ、ちなみにタイ国民は、バンコクにいる人はクーデターをおおむね歓迎しているようです。北部、東北部のインラック派の人々と、南部のステープ派の人では意見が違うという話もあります。今後のタイから目を離せません。





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Posted by みむ  at 15:50 │┣Thailand